紀州鉱山の真実を明らかにする会

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週刊金曜日 793号 2010年4月2日 「金曜アンテナ」
「刻まれたのは“欠けた”名前 旧紀州鉱山に朝鮮人労働者の追悼碑建立」

■刻まれたのは“欠けた”名前
 旧紀州鉱山に朝鮮人労働者の追悼碑建立

 石原産業旧紀州鉱山(三重県熊野市)でアジア・太平洋戦争中、強制連行により労働を強いられ、異郷で亡くなった朝鮮人を追悼する碑の除幕集会が三月二八日、同市であった。
 碑は、市民団体「紀州鉱山の真実を明らかにする会」と在日本朝鮮人総聯合会県本部、在日本大韓民国民団県地方本部が結成した会が建立。
 碑文は、アジア各地の日本軍・企業による侵略の責任追究を誓うとともに、犠牲者の冥福を祈る。集会には、韓国の関係者をはじめ在日朝鮮・韓国人、日本人ら約一〇〇人が参加した。
  「明らかにする会」の調査では、同鉱山で一九四〇年から四五年までのべ一三〇〇人超の朝鮮人が働いていた。しかし、紀和鉱山資料館の展示では全く触れていない。
 同鉱山で死亡した英国人捕虜一六人の名前や年齢は墓地に明記され、合併前の旧紀和町長も参列し慰霊祭が営まれたのと対照的だ。
 追悼碑の前には、三五個の石が並び、亡くなった朝鮮人三五人の名前がひとりずつ書かれている。
 同会のメンバーが九六年から訪韓を重ね、生存者・遺族らから聞き取るなどして調べた。だが、うち一一人は名前の一部が欠け、出身地が判明したのは六人にすぎない。
 同会の金静美さん(六〇歳)は「当時、日本式の名にさせられていたため、(資料を探しても)本当の名前が分からない。(欠けた)名の書かれ方は、紀州鉱山の真実が明らかになっていないことの証」とし、碑の建立を、真相解明に向けた新たな出発点とすることを呼びかけた。
                 山本柚・ライター
紀州鉱山の真実を明らかにする会